佃漁民ゆかりの地

佃漁民ゆかりの地

物件情報

大阪市西淀川区と兵庫県尼崎市の境を流れる左門殿川と神崎川の二つの川に挟まれた中洲地帯となっている「西淀川区佃」。中洲の島の東端部、佃一丁目にある「田蓑神社」の境内に「佃漁民ゆかりの地」と記された石碑が建てられている。傍らにある案内板には「天正十四(1586)年、徳川家康公が大阪住吉大社、摂津多田神社に参拝の折、神崎川の渡船を勤めた縁より、後に漁業権の特権を与えられ、また将軍家への献魚の役目を命じられ、佃の人等三十三名と田蓑神社宮司平岡正太夫の弟、権太夫好次が移住した」と書かれている。

ここでは触れられていないが、家康公の関西遠征中に「本能寺の変」が起きて織田信長が明智光秀に討たれ、堺に居た家康公一行の元にも追っ手が迫る中、当地で川を渡る舟が無く足止めを食らったところ、救いの手を差し伸べたのが佃(田蓑島)の漁民で、漁船を渡した事で家康公一行は難を逃れる事が出来た、その御礼に加えて、当時漁業技術に乏しかった江戸の人口増加による食糧問題を解決する手段として、佃の漁民を特別に招待し、江戸鐵砲洲の沖合の干潟を埋め立てた島に住ませたという。

そんな佃というのが現在の「東京都中央区佃」で、当地には田蓑神社(住吉社)の分霊を祀った「佃住吉神社」もあり、大阪の佃との深い繋がりを今に留めているのであるが、東京の佃はタワマンだらけのにわかセレブゾーンと化しているのに対し、大阪の佃は下町風情満載のしょぼくれた住宅地のままだが、中洲の先端部にマンションが並んでいるあたり、少しだけ街の光景が被っているように思えなくもない。

物件写真

田蓑神社(大阪市西淀川区佃)

「佃漁民ゆかりの地」の石碑

今でも東京都中央区佃とは繋がりが深い

田蓑神社境内には徳川家康公を祀る東照宮もある

家康と佃の漁民が生んだ食べ物

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