M2ビル

物件情報

世田谷区砧の環八通りを走っていると、嫌でも目についてしまう巨大で妙ちくりんな建築物…まだバブルの余韻が残る1991年に自動車メーカーのマツダが東京の拠点とするべく、2020年東京五輪メイン会場の新国立競技場のデザインを担当することになった、あの建築家・隈研吾がデザインに携わり、90年代感丸出しのゴテゴテバブリー建築として爆誕した「M2ビル」である。全国に数ある隈研吾建築でも初期の代表作として建築マニアには非常に有名な物件となっている。

“M2″とは「もう一つのマツダ」「二つ目のマツダ」という意味が込められ、それは広島生まれの自動車メーカーであるマツダが東京進出の足掛かりとして、マツダの商品企画部門会社「M2」やディーラー、ショールーム「マツダロータリー世田谷」、イタリア料理店や洋書専門店といったいかにもバブル期のノリで揃えられたテナントに加え、豪華でバブリーな男子トイレなどを携えたマツダの立派な社屋として機能していたが、1999年にショールームが閉鎖してしまい、2002年には葬儀会社のメモリード東京に建物ごと売却、葬儀場としてリニューアルされてしまっている。

物件写真

建築家・隈研吾

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