川崎駅前の石敢當

川崎駅前の石敢當

物件情報

東京23区から多摩川を挟んで隣接する神奈川県川崎市、人口150万人を突破しベッドタウンとしての発展ぶりが目覚ましい同市の玄関口であるJR川崎駅前に降り立つと、目立つ所にデーンと置かれているのは、なぜか沖縄などでよく目にする「石敢當」の碑。川崎はもとより、隣の横浜市鶴見区といった京浜工業地帯に属する地域には確かに沢山の沖縄県出身者が暮らしているのだが、この石碑が置かれたのはそのような安直な理由からではないというのが、裏側の碑文を読めば理解できる。

「昭和四十一年九月 沖縄諸島は数次の台風に襲われ甚大な被害を受け、なかでも宮古島は蘇鉄地獄といわれるほどの悲惨な状況でありました。川崎市議会は超党派で救援を決議、広く全市的救援活動を展開いたしました。この碑は救援活動に対する返礼として宮古島から特産の名石トラバーチンに石敢當と刻み贈られたものであります。」

と書かれている通り、今から半世紀前の昭和41(1966)年に甚大な台風被害を受けた沖縄県宮古島に川崎市が救援活動を行った礼に寄贈されたものだという事が分かる。

石敢當と言えば沖縄では魔除けに使われるもので、これが川崎駅前に置いてあるという事は、この街に外から災いをもたらすものを跳ね除けようとする意思を感じなくもないが、いくら再開発で綺麗になった川崎市の顔となるこの駅前と言えども、よくよく見ればホームレスの親父もいるしガラの悪いチンピラみたいな通行人も頻繁に目にする。駅前一等地にヤクザの事務所があるなどアウトローが跳梁跋扈する、とうの昔から「災い」を内に秘めた街である、というのは笑えない皮肉である。「安全安心の街 川崎へ。」の幟もまた地元住民の切実なる願いか。

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これが川崎の現実だ

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