川崎河港水門

物件情報

東京都大田区と神奈川県川崎市との境目を流れる多摩川河口部、その片隅にそびえるモダンな意匠が施された水門、それは京急大師線の車窓風景からも僅かな間だけではあるが見る事ができる。この川崎河港水門は昭和3(1928)年に完成したもので、工業化が進む当時の川崎市内において、さらなる工業用地を確保する為に運河を開削する計画が立ち、それで建設された水門という事になる。水門の両サイドにある2本のタワーの頂上には、かつての川崎市の名産品である果物、ぶどう、梨、桃をあしらった装飾と、川崎市の市章が彫り込まれている。運河の計画は戦時中の状況悪化を原因にストップしたまま完成は相成らず、国登録有形文化財と近代化産業遺産のプレートが水門の柱に誇らしげに貼り付けられている。

2015年2月20日早朝、この水門近くで中学1年の男子生徒が殺害・遺棄される凶悪事件が発生、当取材班が見に来た時には沢山のマスコミ関係者が訪れていて、遺体発見現場には夥しい数の花束やメッセージが供えられていた。これが関東屈指の修羅の国・川崎市の現実…

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川崎市 港町

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これが川崎の現実

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